レギュラー番組
ヒデキとこず恵の楽しいデート(文化放送/1973年 - 1978年)斎藤こず恵
寺内貫太郎一家(TBS/1974年)
小林亜星、加藤治子、悠木千帆、浅田美代子、伴淳三郎、左とん平、梶芽衣子、藤竜也、由利徹
寺内貫太郎一家2(TBS/1975年)
小林亜星、加藤治子、悠木千帆、浅田美代子、伴淳三郎、左とん平、風吹ジュン、谷隼人、池波志乃
あこがれ共同体(TBS/1975年)
桜田淳子、郷ひろみ、黒柳徹子、せんだみつお、三田佳子、シェリー、浅田美代子、山口百恵(第1回)
花吹雪はしご一家(TBS/1975年)
森光子、荒井注、加山雄三、左とん平、相本久美子、中谷一郎、浅田美代子、白鳥哲
ロック イン ヒデキ(フジテレビ/1978年)
女の子なんかこわくない(文化放送/1978年年)
HIDEKIとHIROMIのサンデーワイワイ広場(文化放送/1979年)
日曜劇場「翔べイカロスの翼」(TBS/1979年10月10日 - 14日)
日曜劇場「遠くはなれて子守唄」(TBS/1980年9月29日)森光子
モーニングサラダ(日本テレビ/1981年)とんねるず
ホーム・スイート・ホーム(日本テレビ/1982年)
桃井かおり、松田優作、藤谷美和子、南田洋子、宇野重吉、前田吟、安田成美
明石貫平35才(日本テレビ/1983年)
西田敏行、江本孟紀、美保純
ラズベリークラブ(文化放送/1984年 - 1986年)
青春のリターンマッチ(TBSラジオ/1986年)
恋に恋して恋きぶん(TBS/1987年)
未唯、布施明、西川峰子、朝加真由美、藤井一子、保阪尚輝、森恵
CAT'S EYE(日本テレビ/1988年)
妻たちの鹿鳴館(TBS/1988年10月8日)
大原麗子、小林桂樹、竹脇無我、池内淳子、山岡久乃、佐久間良子
話してよ、いつものように(TBS/1990年)
三姉妹(TBS/1990年)
毎日が新鮮!西城秀樹です。(TBSラジオ/1991年)
徳川無頼帳(テレビ東京/1992年)千葉真一
系列(NHK/1993年)三浦友和
TVクルーズ となりのパパイヤ(フジテレビ/1994年)辰巳琢郎
青春のポップス(NHK/1998年 - 2002年)
西田ひかる、森口博子、早見優
日高晤郎の語り芸・江戸人情噺「紺屋高尾」(札幌テレビ/2004年12月28日)
[編集] 映画
ひとつぶの涙(1973年)
森田健作、吉沢京子、水谷豊、桜田淳子、森次晃嗣、田島令子、高岡健二、津島恵子、大村崑
としごろ(1973年)
和田アキ子、森昌子、村野武範、山口百恵、秋谷陽子、堺正章、夏夕介、川口亮、石川さゆり
しあわせの一番星(1974年)
浅田美代子、山形勲、篠ひろ子、ジャネット八田、秋野太作
愛と誠(1974年)- 主演映画 -
早乙女愛、仲雅美、織田あきら、高岡健二、穂積隆信、鈴木瑞穂
あヽ決戦航空隊(1974年)
鶴田浩二、北大路欣也、松方弘樹、渡瀬恒彦、小林旭、中村玉緒、檀ふみ、黒沢年男、安藤昇、梅宮辰夫、池部良、菅原文太
ブロウアップ ヒデキ(1975年)- ドキュメンタリー映画 -
おれの行く道(1975年)- 主演映画 -
田中絹代、池上季実子、河原崎長一郎、夏純子、片桐夕子
傷だらけの勲章(1986年)- 主演映画 -
ちあきなおみ、朝加真由美、竜雷太、中村嘉葎雄、藤代美奈子、萩原流行、仲谷昇、小林昭二
天使行動(1987年)- 主演(香港)映画 -
ムーン・リー、シンシア・ラスター、ジョン・チャン
ザ・ヒットマン 血はバラの匂い(1991年)- 主演映画(※東映Vシネマ) -
中条きよし、丹波哲郎、七瀬なつみ、余貴美子、片桐竜次、でんでん
現代仁侠伝(1997年)
奥田瑛二、高橋恵子、とよた真帆、石橋蓮司、宅麻伸、岡田義徳、黒沢あすか、及川麻衣、津嘉山正種、六平直政
[編集] ミュージカル
わが青春の北壁(劇団四季/1977年/日生劇場)
滝田栄、久野綾希子、菅本烈子、三田和代
デュエット(東宝/1984年・1986年/日生劇場)
鳳蘭、石丸貴志、小野恵子、内田直哉、関武雄、奈木隆、本間仁、松沢重雄、大川令於、千葉美香、菅恵理子、藤原満美子
坂本龍馬(1989年・1991年/新神戸オリエンタル劇場・日本青年館)
雪村いづみ、羽賀研二、井上純一
ラヴ(コメディ/1993年・1996年/東京・大阪・名古屋・札幌)
市村正親、鳳蘭
ROCK TO THE FUTURE(Panasonic D・LIVE/1996年・1997年/赤坂BLITS)
橋本さとし、美香、芳本美代子、黒田勇樹、オナペッツ、DIAMOND YUKAI、杏子、中山加奈子、SHIMA-CHANG、MITSUKO、中山美紀、白石紗澄李
新・演歌の花道(2002年/新宿コマ劇場・梅田コマ劇場)
つんく、川島なお美、山口智充
伝説のステージ FOREVER'70s-青春-(2003年/中日劇場・新宿コマ劇場・梅田コマ劇場)
錦野旦、桑名正博、宮川花子、麻乃佳世、山崎裕太、平みち、朝香じゅん
[編集] 舞台
花小袖清次(1989年/大阪新歌舞伎座)
仕立屋銀次(1990年/大阪新歌舞伎座)
元禄・暴れん坊(1991年/大阪新歌舞伎座)
寺内貫太郎一家(1999年/新橋演舞場)
[編集] CM
ハウス食品
「バーモントカレー」、「ポテトチップス」、「グラノラバー」、「ジャワカレー」、「六甲のおいしい水」
サトウ食品
「サトウの鏡餅」
ヤマヒサ
「ペティオ」
ECC
シチズン時計
HONDA
「LEAD SS」
西友
バイオテック
テレビ新広島(FNS系列のテレビ局)
「情熱電波 TSS」
[編集] CMソング
ミスティー・ブルー (コーセー化粧品「夏女・ソニア」/1985年)
愛の翼 (Wing/1985年)
Blue Sky (アサヒビール/1988年)
Try Today (原ヘルス工業「バブルスター」/1988年)
もいちど (ハウス食品「うまいっしょ」/1991年)
愛が止まらない (ノエビア化粧品/1995年)
バンジョーとカズーイの大冒険(任天堂/1998年)
[編集] 主なゲスト出演番組
NHK紅白歌合戦・出場曲(回/年)
傷だらけのローラ(第25回/1974年)
白い教会(第26回/1975年)
若き獅子たち(第27回/1976年)
ボタンを外せ(第28回/1977年)
ブルースカイブルー(第29回/1978年)
YOUNG MAN(Y.M.C.A.)(第30回/1979年)
サンタマリアの祈り(第31回/1980年)
ジプシー(第32回/1981年)
聖・少女(第33回/1982年)
ギャランドゥ(第34回/1983年)
抱きしめてジルバ(第35回/1984年)
YOUNG MAN(Y.M.C.A.)(第45回/1994年)
YOUNG MAN(Y.M.C.A.)(第46回/1995年)
moment(第48回/1997年)
傷だらけのローラ(第49回/1998年)
Bailamos(第50回/1999年)
ブルースカイブルー(第51回/2000年)
Jasmine(第52回/2001年)
日本レコード大賞・受賞曲/候補曲(回/賞/年)
ちぎれた愛(第15回/歌唱賞/1973年)
傷だらけのローラ(第16回/歌唱賞/1974年)
この愛のときめき(第17回/大賞候補/1975年)
若き獅子たち(第18回/歌唱賞/1976年)
ボタンを外せ(第19回/大賞候補/1977年)
ブルースカイブルー(第20回/金賞/1978年)
勇気があれば(第21回/金賞/1979年)
サンタマリアの祈り(第22回/金賞/1980年)
センチメンタル・ガール(第23回/金賞/1981年)
聖・少女(第24回/金賞/1982年)
ギャランドゥ(第25回/金賞/1983年)
ザ・ベストテン・登場曲(回/週数/最高位)
ブーツをぬいで朝食を(第1回〜第9回/9週/第1位)
あなたと愛のために(第11回〜第18回/8週/第2位)
炎(第21回〜第31回/11週/第4位)
ブルースカイブルー(第34回〜第47回/14週/第3位)
遙かなる恋人へ(第48回〜第55回/8週/第5位)
YOUNG MAN(Y.M.C.A.)(第59回〜第72回/14週/第1位)
ホップステップジャンプ(第72回〜第82回/11週/第2位)
勇気があれば(第87回〜第98回/12週/第1位)
悲しき友情(第103回〜第111回/9週/第4位)
愛の園(第115回〜第123回/9週/第3位)
俺たちの時代(第126回〜第131回/6週/第3位)
エンドレス・サマー(第133回〜第135回/3週/第4位)
サンタマリアの祈り(第144回〜第147回/3週/第9位)
眠れぬ夜(第154回〜第161回/8週/第3位)
リトルガール(第166回〜第172回/7週/第5位)
セクシーガール(第181回〜第183回/3週/第7位)
ジプシー(第209回/1週/第10位)
南十字星(第218回〜第224回/7週/第4位)
聖・少女(第231回〜第235回/5週/第6位)
ギャランドゥ(第263回〜第265回/3週/第8位)
抱きしめてジルバ(第359回〜第361回/3週/第9位)
腕の中へ(第410回/1週/第9位)
日本有線大賞
日本歌謡大賞
東京音楽祭
FNS歌謡祭
日本テレビ音楽祭
ロッテ 歌のアルバム
夜のヒットスタジオ
NTV紅白歌のベストテン/ザ・トップテン
ベスト30歌謡曲
ビッグベストテン
レッツゴー・ヤング
花のステージ
NHK歌謡ホール/NHK歌謡コンサート
ミュージックフェア
サウンド・イン"S"
トップスターショー・歌ある限り
ビッグショー
フェスタしずおか
新春かくし芸大会
8時だョ!全員集合
ヤングおー!おー!
TVジョッキー
象印スターものまね大合戦
ヤンヤン歌うスタジオ
歌謡ドッキリ大放送
カックラキン大放送!!
スター誕生!
クイズダービー
クイズ・ドレミファドン!
ぴったし カン・カン
テレビ探偵団
笑っていいとも
アッコにおまかせ!
速報!歌の大辞テン
歌謡チャリティーコンサート
NHKのど自慢
[編集] 出版
[編集] 著書
誰も知らなかった西城秀樹(ペップ出版/1975年)
君におくろう僕の愛を(ペップ出版/1976年)
ふたりぼっちの日曜日・ヒデキとこず恵の楽しいデート(徳間書店/1979年)
いま、光の中で(集英社/1979年)
熱き想いいつまでも(日本文芸社/1992年)
バリスタイルの家 西城秀樹の快適アジアン生活のすすめ(イースト・プレス/2002年)
あきらめない 脳梗塞からの挑戦(リベロ/2004年)
[編集] 写真集
西城秀樹 Young idol now『写真集』(勁文社/1974年)
西城秀樹写真集(さうんどぱわあ/1974年)
季刊ポッポ 75’WINTER 全特集・西城秀樹(新興楽譜出版/1975年)
The Young Lion 西城秀樹『写真集』(レオ企画/1976年)
HIDEKI(Wani Books/1980年)
Hideki Saijo(株式会社シンコーミュージック/1981年)
MY SELF PORTRAIT(近代映画社/1984年)
BODY(Wani Books/1986年)
H45・西城秀樹「独身最後の衝撃」写真集(主婦と生活社/2001年)
[編集] 出典
[編集] 新聞
西城秀樹歌手生活35周年 奇跡の復活 ヒデキカンゲキ!(東京スポーツ/2006年9月)
先駆者としての業績は、前述の大阪球場、後楽園球場での野外コンサートはその草分けとして有名だが、ゴンドラや軽量スタンドマイク、ペンライト、白煙噴出などのステージパフォーマンスを最初に導入するなど多岐に渡る。さらに特筆すべき大きな業績としてアジア市場への進出がある。1981年の香港でのコンサートを皮切りにアジア各地で活動を続け絶大な人気を博した。当時は現在とは違い日本人のアジア市場への関心度は0であると言っても過言ではない時代で、日本のマスコミも賞賛する論調はほとんど無かったが、長年続ける事によって後進に道を作ったと言えるだろう。無名時代から西城のファンだったジャッキー・チェンや故レスリー・チャンとの交流はよく知られる。
西城が軽量のマイクスタンドを導入する様になったきっかけは、ロッド・スチュワートがコンサートで(当時は重くて出来るはずがない)マイクスタンドをグルグル回すのに驚き、インターバル中、一緒に行ったかまやつひろしがマイクスタンドを触ってアルミと分かり、速攻で1本10万円のスタンドを10本注文した事から始まるという。その後すぐに軽量スタンドはブームとなり、翌年にはメーカーが作るようになったそうである。
上京して最初にビックリした事は、東京のタクシーのカラフルさで、広島には当時、白と黒色のタクシーしかなく「ふざけてんのか?」と思ったという。
香港「IFPI Top Sales Music Award」表彰式に出席(サンケイスポーツ/2007年3月23日)
2007年3月22日、香港の国際レコード協会(IFPI香港)設立40周年記念「IFPI Top Sales Music Award」に招待され、広東ポップスの成長に影響を与えた海外アーティストとして表彰された。CHAGE and ASKAと共に選ばれ、西城は1981年から1989年までの間に5度の香港公演を行うなど、香港音楽界に衝撃と刺激を与えた続けた。18年ぶりに訪れた香港で多くのマスコミから取材攻勢に遭うなど現在も人気は健在である。
[編集] エピソード
デビュー直前のまだ高校生の頃、学校に遅刻しそうになって教室に滑り込んだ時、うっかり本名ではなく「西城です」と名乗ってしまった。それに対し先生曰く「そんな名前のやつはいない」。その場にいた人達は、なぜ彼が自分の名前を間違えたのかをその後知ることになる。
デビュー当初は日劇ウエスタンカーニバルで競演した伊丹幸雄・田頭信幸と共に「新人三羽烏」と呼ばれた。
ごく短期間ではあるが新御三家に伊丹幸雄を加えた四人で「四天王」と呼ばれたこともある。
デビュー当時、良き先輩の歌手として様々なアドバイスをもらい、兄のように慕っていたのは布施明だという。
ステージでのアクションや歌唱で影響を受けたのは、実はジェームス・ブラウンであるという。ロッド・スチュワートからの影響を指摘されることが多かったが、それは後々のことである。
『ブーツをぬいで朝食を』のライターを使ったアクションが話題になったが、1978年に子供がこれを真似て火災事故を起こし社会問題になった。それが原因で、この後リリースした『あなたと愛のために』での鏡を使ったアクションが途中で打ち切りになってしまった。飛び火した形で、沢田研二の『サムライ』でのナイフを使ったアクションにも批判が集まった。
生前、父の秀樹への思い入れは大変なものであった。秀樹の実家の近所にお好み焼き屋があるのだが、店内に秀樹のカレンダーが掛けてあり、見るとカレンダーによくある広告のようなものが無い。お好み焼き屋の家人に聞いてみると、秀樹の父が自腹で作り近所に配ってたそうである。広島でコンサートがあった日にホテルで宿泊すると「広島におるのに何で家に帰らんのじゃぁ」と父がうるさく言うので、世間の手前もあるが、仕方なく実家に泊まっていたと言う。なおこのお好み焼き屋は、秀樹が広島に帰って来たら必ず寄る。
金子賢の父と秀樹は友人同士であり共にゴルフに行った際に知り合い、それが金子のデビューのきっかけになったと言う。
喫煙歴が長かったが、脳梗塞で入院したのをきっかけに禁煙に成功した。
「ヒデキ、感激!!」というフレーズは、いまだにスポーツ紙で西城の記事が掲載される時に見出しとして登場することがある。
実生活でもダジャレ(というかオヤジギャグ)を連発することがあるようで、某病院で心電図検査を受けた際に、「心電図は最上(サイジョウ)ですか?」と担当医師に訊いたという噂がある。
芸能界きってのラーメン好きとして知られる。バラエティ特番の「西城秀樹ラーメンツアー」(日本テレビ)では、首都圏の行き着けの店を巡り、共演者にラーメンの食べ方や蘊蓄を語った。
たかじん胸いっぱいの「芸能人ミシュラン」で三ツ星を獲得。
[編集] 夜のヒットスタジオ
フジテレビ系『夜のヒットスタジオ』への初出演は1972年12月4日(第214回)。3枚目のシングル『チャンスは一度』での出演であった。1974年以降、ヒットスタジオとの関係が薄い芸映所属ながら人気・実力を評価されて準レギュラー格としてほぼ1月に1〜2回のハイペースで出演を重ね、五木ひろし・森進一に次いで歴代3位の187回にわたり同番組に登場。「ミスター夜ヒット」の代表格の一人として様々なエピソード、見せ場を提供した。
『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』を披露する際には現役の大学のアメリカンフットボール選手とチアリーダーたちをバックに従えてトリで披露したり、右往左往するカメラマン用のクレーンに乗って、いつも通りの派手なアクション付で歌うなど、毎回派手な演出が用意され、後年ヒットスタジオの総集編が放送された際にも毎回のようにこれらのシーンが放映された。
1984年11月19日放送ではワム!の『Careless Whisper』のカバーにより『抱きしめてジルバ』と競作となった郷ひろみの『ケアレス・ウィスパー』と対決した。郷を厚遇するフジテレビの番組スタッフから「同一曲のカバーでの対決」企画を持ちかけられた際、西城は「全く同じセット、同じ演出で唄う」という条件で了承し、この前代未聞ともいえる企画が実現した。
1985年12月4日放送では『腕の中へ』を作者のバリー・マニロウとジョイント。当日の新聞欄には「日米2大スーパースター夢の競演」と大々的に宣伝された。
そもそもはアルバム収録曲の中の1曲にすぎなかった『BEAT STREET』を初めて披露したのもこの番組で(1985年7月10日放送、当時発売中であった『ミスティー・ブルー』が番組スポンサーとライバル関係にある会社のCMソングだったために披露できなかったことから代替措置としてこの曲を披露した)、9月になってから同曲はシングルカットされている。
新曲の初お披露目がヒットスタジオ、というケースも彼の場合は多く、特に『ギャランドゥ』に関しては発売の1ヶ月以上も前に新曲として披露している(この曲の発売は1983年2月であるが、ヒットスタジオでは1982年最終の放送である12月27日放送にて初披露)。この番組で初披露した際にある程度の好感触を得た曲は軒並みヒットしたという。
「歌謡ドラマ」があった時代にはこのコーナーにも多数出演。1988年11月23日、ヒットスタジオ最終出演の際にも、当日の放送が番組20周年記念番組として放送されていたことから「歌謡ドラマ」が一夜限りで復活。経験者の立場から、出演を渋っていた若手歌手に「これ(歌謡ドラマ)をやらなきゃヒットスタジオに参加しているとはいえない」などと色々なアドバイスをしてこのコーナーへの出演を促したという。
[編集] 関連人物
[編集] 西城秀樹を尊敬するアーティスト
近藤真彦
河村隆一
西川貴教(T.M.Revolution)
つんく♂
TAIJI(X JAPAN)
Gackt
馬場俊英
[編集] 西城秀樹の物まねを得意とするタレント
黒部幸英
真木ひでと
草川祐馬
川崎麻世
木梨憲武(とんねるず)
岩本恭生
井手らっきょ
山口智充(DonDokoDon)
[編集] 西城秀樹の妹分として芸能界デビュー
河合奈保子
石川秀美
[編集] 西城秀樹と同じ町又は近隣町内の出身者
三宅一生 - 東区東蟹屋町 同町内60mくらい、10数軒並びの近所
奥田民生 - 東区尾長町
福井謙二 - 南区松原町
[編集] 関連項目
∀ガンダム
[編集] 外部リンク
西城秀樹オフィシャルサイト
西城秀樹ファンサイト「mrs.lora」
シングルチャート大辞典・西城秀樹